第十四話　思いがけない出来事

長い事ひとつの世界に身を置くと　時に”嘘だ　そんな馬鹿な！”と云った　信じられない出会いに驚く事も 多い　この　”思いがけない出来事”　のシリーズ化では　そんな体験を想い出し語る場所として行きます。
其れは雨の少ない　遅い夏の一日で　いつも通り 釣りを楽しみ　其の場所へと移動して来たのは 昼時も　もうとうに過ぎてしまっていた　道路上から は　窺う事の出来ない二段堰堤のプールは　流れ も弱々しく　鬱蒼と暗く澱み　釣り人を寄せる事を 拒む　しかし其処は４０センチクラスの大アマゴが 潜む事で　期待を裏切られる事は無かった処だ 廊下状の急斜面を　深い草つきから身を乗り出し 其のルートを確認　草つきを頼りに　谷へと降り 始める・・・・・・斜面中程で　二段目の堰堤へ向け 際どい踏み後をへつり　其の肩へ何とか辿り付く 事が出来た。 落差１０M程の　二段目の肩へと立って　辺りを 見回すと　案の定　上流で取水されている流れは
弱く　２０M程有る　一段目のコンクリート壁を　流水は音も無く舐めるように滑り落ちる・・・・・・。 立つ肩から足元の落ち込みを覗き込むと　沈み石の間には　無数の岩魚が蠢き餌を待って居る 私達に気付くと　一匹　もう一匹と姿を消していき　そしてついには見えなくなってしまう。 斜面に突き出す　雑木にロープを縛り付けると　其れを頼りにコンクリート壁を　３M下の流れ出しに 立った　釣友は右岸の小木を頼りにへつり　２０M程先の　深みを狙うつもりか切り立つ壁に貼り付き 残るもう一人は　二段目の上で　傍観者を決め込むつもりで　其処へと座り込んだ。 石積みの落ち口を　対岸へと進み　プールの中へ沈むと　胸までの徒渉で左岸の岩棚へと這い 上がった　何時見ても底が窺い知れない　不気味な雰囲気を漂わせる場所だ　ツルツル滑る 岩棚へと座り込み　釣支度に掛かると　対岸では　早くも釣り始めようと　竿をサイドスローで 振り込んだ・・・・・・”ウン！　いいとこ攻めてる。” 　其の竿先には　上から覗くと直径５M程の 大岩が沈み　周りには当然のように大物が潜むと確認出来る処だ　自身の仕度も忘れ眺めて居ると
竿先には　”グイッ！”と　大物特有の　重々しい 引き込みが・・・！ すかさず会わせを呉れた　釣友の竿は限界まで 撓る　　当人は何か叫んで居る様だが　此方側 では　何を言っているか判らない。 何度めかの凌ぎの後　”ブアッ！”と水面に浮いた 大アマゴは　水面でイヤ々をして　悶える。 ”やったじゃん！” 次に起こる取り込みのシーンを思い描いた瞬間 ”パシッ！” 乾いた音を残し竿は弾かれ　ラインは上部に 張り出す枝へと絡んだ　唖然と此方を見る顔 ヤツは　弓から放たれた矢のような速さで　白い 魚体を　私に向け走り　一旦暗い底へと消えた！ 背丈程の高さから　水中に消えた魚影を追い 覗き込んだ　私の足下で　チラリと白い光が目に 止まった瞬間　ヤツは音も無く　水面を割ると 驚くようなジャンプ力で　飛び出した　私に向かって ”パコン！” 目前の岩盤に　　したたか我が身を打ち付けた 大アマゴは　再度暗い淵底へと沈んで行く・・・・ はずだった・・・・・？
唖然と覗き込む私の前に　突然ヤツは　”ポン！”と　浮き上がる　腹部を空に向けて！！　 そう深海魚が釣り上げられた　あのシーンだ　そして　ユラユラと　ゆっくり　々泳ぎ出したのだ 背泳で　まるでシンクロの演技でも見るような・・・。　僅かに落水する　堰堤壁へと身を寄せながら 悠々と　対岸向け泳ぎ続ける大アマゴ　其の異様な光景に　我を忘れ見入ってしまう・・・数分後 元いた淵底へ其のままの姿で消え去るまで　見続けた我々三人は　お互い顔を見合わせると 声も無かった。 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　OOZEKI